ベートーヴェン

 1770年12月16日、神聖ローマ帝国ケルン大司教領(現ドイツ)のボンに生まれる。一家は、ボンのケルン選帝侯宮廷歌手(楽長)であった祖父ルートヴィッヒによって生計を立てていた。父も宮廷歌手であったが、無類の酒好きで、祖父の死(1773年)とともに生活は困窮した。4歳の頃より父によってその才能を見出され、虐待との区別が難しいほどのスパルタ教育を受け、一時は音楽そのものを嫌悪するほどになってしまった。7歳で演奏会に出演、11歳より当時ボンで活躍していた音楽家ネーフェに作曲を師事。
 16歳でウィーンへ旅立つ。モーツァルトに弟子入りを申し入れ、その才能を認められたが、母の病状悪化の報せを受け、ボンに戻る。母は間もなく死亡し、その後はアルコール依存症の父に代わり家計を支え、幼い弟たちと父の世話に追われる苦悩の日々を過ごした。1972年ハイドンに才能を認められ、弟子入りを許された。同年11月ウィーンに移住(12月父死去)、ピアノ即興演奏のヴィルトーゾ(名手)として名声を博した。
 20歳代後半頃より持病の難聴が悪化し、26歳頃には一時的に失聴状態となる。1802年(32歳)、「ハイリゲンシュタットの遺書」を記すが、強靭な精神力で苦悩を乗り越え、新しい芸術の道へと進んでゆく。
 1804年、交響曲第3番を始めとして、その後10年間に中期の代表作が作曲され、ロマンロランの言葉を借りれば「傑作の森」と呼ばれる時期となる。
 40代になると難聴が次第に悪化し、晩年の10年ほどはほぼ聞こえない状態にまで陥った。また持病である神経性の腹痛や下痢にも苦しみ、生活面では後見人として、甥カールの非行や自殺未遂に苦悩する日々が続き、作曲も滞ることがあった。そうした状況下で作曲された交響曲第9番、ミサ・ソレムニス、ピアノソナタ、弦楽四重奏などの作品群は、未曾有の高い精神的境地を示すものである。
 1826年12月、肺炎を患い、加えて黄疸を発症。10番目の交響曲に着手するも未完のまま、翌1827年3月26日、肝硬変により、56年の生涯を終えた。葬儀は、2万人もの人々が駆けつけるという異例のものとなった。



 ベートーヴェンはその生涯にわたって、歌曲を作曲しています。それは、交響曲やピアノソナタと比べるとささやかな形式の音楽ですが、故にかえって彼の心情が親しく感じられます。またベートーヴェンは恋多き人でした。その愛はいずれも実ることなく、生涯独身を通しました。聴覚障害や経済的困窮に立ち向かい、崇高な理念と強靭な精神力で自らを高め、それを音楽へと昇華させた天才ですが、歌曲から感じられるのは、愛故に歓喜苦悩する人間味溢れる姿なのです。



 不滅の恋人〜遥かな恋人

 ベートーヴェンの死後、机の中から発見された謎の手紙、そこには「不滅の恋人」という呼びかけで、切々たる想いが綴られていました。その相手は、第三者に悟られないよう周到に伏せられていて、これまで様々な説がありましたが、近年研究が進み、1810年から交友のあったアントーニア・ブレンターノだとされています。既に家庭のあったアントーニアとの恋は、実らずに終わります。しかしその愛は互いの友愛と尊敬へと高められ、最後の3つのピアノソナタに代表される晩年の傑作群へと結実するのです。
 愛の歓喜と苦悩から友愛と尊敬へと至る時間の中で、彼はいくつかの歌曲を作曲しました。1811年、アントーニアに捧げられた愛の歌 『恋人に』。1814年、愛の追憶を懐かしむ友愛と感謝が感じられる『メルケンシュタイン』。離別の後、病や経済的困窮による精神的苦悩の極限にいたベートーヴェンのもとにアントーニアから小切手が届きます。それによって生まれた新たな心情を、まるで歌曲に代弁させているかのようです。そして愛が再燃した1817年の名作『遥かな恋人に』。遠く離れていてもなお誠実に愛を捧げる真摯な心が歌われ、音楽にはアントーニアへと繋がる響きが隠されています。しかし、終には諦めざるを得なかったその愛。それを象徴するような1817年作の『どちらにしても』。そして聴くもの魂を揺さぶる傑作『あきらめ』。ブレンターノ夫妻とは、その後生涯にわたり、尊敬と友愛に満ちた交友が続いてゆきます。
 そんな愛の昇華を経て、ベートーヴェンは最晩年の円熟期へと至るのです。最後の3つのピアノソナタは、いずれもアントーニアへの愛が根底に流れており、その音楽は、30番「幸福の追憶」、31番「喪失の苦悩」、32番「自己克服と浄化」と表現出来るでしょう。1820年作の『ピアノソナタ第30番 Op.109』は、アントーニアの娘マクセに献呈されていますが、それは「幸せな愛の追憶」を娘を通して感じているのでしょう。音楽は、懐かさに満ちた郷愁のメロディーで始まり、『遥かな恋人』の旋律を忍ばせ、魂に沁み入る追憶の調べのうちに終わります。それは紛れもないアントーニアへの想いから紡がれた音楽なのです。

 

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