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ガブリエル・フォーレ  Gabriel Faué (1845−1924) フランス
1.水の上の白鳥  詩:ルネ・ド・ブリモン男爵夫人 1. Cygne sur l'eau  Mme la Baronne Renée de Brimont

私の思いは 慎ましく調和した 一羽の白鳥
もの憂さの岸辺を緩やかに滑りゆく
底知れぬ波の上を 夢の 幻想の
こだまの 霧の 影の 夜の波の上を

滑りゆく 尊大なる王が 自由な空間を押し分けて進むごとく
貴く 移ろいやすい 空しい影を追い求め
数えきれない葦はその身を傾ける 白鳥は
暗く押し黙り 通り過ぎる 銀色の月の入口あたり

そして白い睡蓮は その丸い花冠をひとつひとつ
次々に 欲望のまた希望の花を咲かせた
だがさらに先へ 霧の上を 波の上を
逃れゆく未知なるものへと 黒い白鳥は滑りゆく

私は言った「諦めなさい 美しい幻の白鳥よ
定かならぬ運命へと向かう そのゆるやかな旅を
不可思議なる中国も 異郷なるアメリカも
確かな港をもって お前を受け入れはしないのだ

香り高き入り江も 不滅の島々も
おまえには 黒い白鳥よ 危険な暗礁なのだ
留まりなさい いつも変わることなく映し出すこの湖に
その雲や その花や その星や その瞳を


Ma pensée est un cygne harmonieux et sage
Qui glisse lentement aux rivages d'ennui
Sur les ondes sans fond du rêve, du mirage,
De l'écho, du brouillard, de l'ombre, de la nuit.

Il glisse, roi hautain fendant un libre espace,
Poursuit un reflet vain, précieux et changeant,
Et les roseaux nombreux s'inclinent [quand]1 il passe,
Sombre et muet, au seuil d'une lune d'argent ;

Et des blancs nénuphars chaque corolle ronde
Tour à tour a fleuri de désir ou d'espoir...
Mais plus avant toujours, sur la brume et sur l'onde,
Vers l'inconnue fuyant glisse le cygne noir.

Or j'ai dit : "Renoncez, beau cygne chimérique,
A ce voyage lent vers de troubles destins ;
Nul miracle chinois, nulle étrange Amérique
Ne vous accueilleront en des havres certains ;

Les golfes embaumés, les îles immortelles
Ont pour vous, cygne noir, des récifs périlleux ;
Demeurez sur les lacs où se mirent, fidèles,
Ces nuages, ces fleurs, ces astres et ces yeux."

1 [quand] Fauré : [lorsqu'] Brimont

 歌曲集「幻影〜Mirages」は、フォーレが74才のときに作曲。最後から2番目の歌曲集。「1.水の上の白鳥/2.水の中の影/3.夜の庭/4.踊り子」の四曲からなる。
 フォーレは晩年、高音がいびつに聴こえてくる耳のトラブルに苦心していました。それが原因とまでは言い切れないでしょうが、この作品は、歌もピアノも中音域までに留まって作曲されています。自己なる内を静かに見つめるような抑制された音楽は、詩のもつ神秘的な気分を心地よく響かせ、観念的で捉えにくいこの詩の味わいを親しいものに感じさせてくれます。
 ここで描かれている幻影は、精神のうちに広がる漠とした印象の世界。それは現実とつながりながらも、現実より自由ではかなく、現れてはたちまち消えてしまう。このとらえどころない幻影に、言葉によって輪郭を与え、つなぎ止める。詩とは、そのようなものではないかと感じさせる作品。
 音楽は、言葉が描く精神世界の漠とした気分を印象的に響かせ、むしろ淡々と表現してゆきます。しかしそこには、繊細で多様な色調が万華鏡のように移ろってゆくのですs。自らの精神と親しく向かい合う心の軌跡を、静かにたどる音楽。
 冒頭の順次進行による多声的な響きの移ろいが大変美しく、第2節、白鳥が滑りゆくように16分音符が動きだすとろこは絶妙です。さりげない表現にこそ、フォーレの魅力があるのだと再認識させてくれます。第3節の旋律は、1フレーズ毎にすーっと高まってはゆるみ、それは、まるで未知なるもの求める白鳥が、進んでは見失うことを繰り返すかのようです。そして、白鳥に呼びかける第5節で音楽はそれまでの歩みを止め、優しい響きの連打になります。それは5節で冒頭の音楽と結びつき、穏やかな終焉へと向かいます。
 "cygne noir"は黒鳥のことですが、"cygne"は一般的に白鳥を意味し、詩の中に両方の表現があるために、あえて「黒い白鳥」という訳にしました。
「私の思いは一羽の白鳥。幻想の水上を 未知へと向かい、緩やかに滑ってゆく。危険をはらむその旅をやめ、自らの内に留まれと呼びかける 。」

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